YabAI Shinbun
『アーティフィシャル・バトル・クライシス』 第159998話 著・妹尾雄dAI

「…………へえ」
「もはやおまえに常識とか普通とかは期待しない」
「むむ」
「また護衛だろ?」
 名前は彪雅。
 見晴らしのいい草原が広がっている。
 その光景には、覚えがある。
「あぁ、惜しい」
「分かった、すぐ行く」
「くかかか」
 浩介の声に心配な色はない。
「それをあの一瞬で選ぶなんて、どんな人間だというのですか」
 根っからの悪ってことか。
「どうやら強くは出られないようだ」
 その頃からこの稼業を生業と定めた彼は、数年の実績で、若いと侮られない程度には名を売っていた。
「――失礼」
 口を塞いで10分間息を止めてから授かりなさいよ。
「それでもやらない訳にはいかないんだよな」
「ほら、ここに」
 アシュレイの意見に浩介は頷いた。
「それを学園で初めて聞かされた時に、ふと思いついたんだよね」
 居心地が悪いのは自分が今現在悪巧みをしている最中だからだろう。
 ゆえにその口実が向こうからやってきたのは願ったり叶ったりであった。
「正気か、聖女エリー!」
 その最も大きなものは、手に馴染んだ道具だ。
 ハッキングで情報を洗い出せば確かにその人物は存命ではあったが
 満月の夜に、ベアトリクスの中の力の根源が表に出てくる。
 ──ベアトリクスが守ったものだよ。
「あ、知ってる知ってる」
 全高は60mを誇り、初めて見た人間は人種問わずに感嘆の息を漏らすという。
「でも出来る限りの協力はさせてもらいますから心配しないで下さいね」
「うん」
「さてと、いったんかまどの火はとめておくよ」
「制服と寮の鍵だ」
「女子供に守ってもらってきたお前にまだそんなものが残っていたとはな!」
 それでここまで連れてこられたのだと分かった。
 さらに、何人かの客たちがベアトリクスを見てざわつきはじめた。
 その建物の脇から訓練場を見渡す。
 相手が人外な方達だと思えば思う程不安な気持ちにも成ってくる。
 ま、俺は元々いつも通りの関係だって思っているけど。
 浩介人としては少し理解しにくい考え方といえるだろう。
 試験官が決めるそれは多くの場合試験を行うための拠点としての側面も持つ。
 さっきの接近者だ。
 念のため前置きしつつ。
「じゃあ、重要な会議ぐらい、覚えてくださいね?」
「ああ、こっからが本題だ……その時攫った奴等は今も捕まってはいないんだが、昨日偶然近所で見かけてしまったらしいんだ……」
 絞り出したような言葉に、しかし誰もが首を傾げる中。
 その時になってようやく涙が流れ出てきた。
「!」
 その顔立ちはまだあどけない。
 まさか、俺に告白?
 アシュレイは浩介を見る。
「あ、ああ……勿論だ」
「これ」
 何もせずとも結果は同じだったろうが被害はもっと増えた筈だ。
 それらを彼らは完全に把握しているようだ。
 ――ドンッ、バタ、ダンッ。
 そして、ひょいひょいと次から次に、別の建物に飛び移り、最後には崩れかけた壁を使って地上に降りた。
 言ってエリーは肩をすくめた。
「はい」
「エリーも気付かれていないことに、ちゃんと気付いてたしね」
「ああ」
 だから俺はこう答える。
 なのに
「わかりました」
 アシュレイが表情を歪めた。
「アシュレイ……」
 もちろん警備がしっかりと追い返したらしいが。
「なるほど」
「俺は寝る」
 丁寧に頭を下げる浩介。
「俺は寝るから代わりにそこで寝てるの起こして連れて行けよ」
 帰還も含めて戻ってからの彼の行動にはどうしてかケチが付く。
 目の前でソレが行われたのならきっとこの男は見失わないだろう。
 現在進行形で。
 金糸銀糸をあしらったきらびやかな和装の大男だ。
 そうだ。
「悪いようにはしないよ」
 ベアトリクスは机の上に置かれた浩介の地形図を冷ややかに眺めた。
 額に螺旋のように髪が張り付いている。
「冷やし中華でいいか?」
「あら」
 体は疲れていた。
「………は?」
「―――俺とエリーのだよ」
 頭に浮かんだ文字ではない。
「ふくちょ〜」
「その間に宿の手配を頼めるか?」
 やる気は無くしても、やる気はあるフリだけは続けた。
 勾配なんて無い文字通りの絶壁だ。
 多分、気がついていたんだろう。
 目の前の石盤に浮かんだ文字が。
「そうね」
「いまの段階ではなんとも言えません」
 目を逸らすな。
「そうか」
「ただいまですわ」
「冗談」
 更に眼鏡の奥がギラリと輝く。
「あ、はい……」
 仮にその時点で立ち止まれば、彼は命を落とすことは無かったのだろうが。
 そうアシュレイは心の中で噛み締めた。
 互いを認め合う、熱い握手が交わされる。
「新婚、みたいなの」
 真正面から。
 浩介は少し頭を前に突き出しつつ言った。
 少し哀れに思いつつエリーを見やっていると、何やら異変に気付いたようで、肉のベアトリクスは怪訝な表情を浮かべながら口を開く。
「そうか?」
「流石にそうだよね」
 言われた彼女はアシュレイの表情を注視して、内心複雑な想いになったが頷く。
 ベアトリクスの掌に、雷が集まる。
「珍獣じゃねええええ!」
「えっと、そのことなんですけ……」
 自作自演という言葉を思い浮かべるだろう。
 後はベアトリクスを呼んでおいた。
 彼女自身は今朝突然いわれた話なため学園長に圧力をかけた相手の。
 他に何か質問はありませんか?
「そうじゃなかったのか?」
 エリーの言葉に、皆が頷く。
「じゃあ、俺達の話をするよ」
「浩介って知ってる?」
「エリーを任せるにはアシュレイもまだまだ頼りないしな」
「げ」
 害虫は駆除だ!
 再び手元の書類を放り出すと、隣でアンナが軽く吹き出す音が聞こえる。
「あのね」
 そりゃそうだろう。
 丸薬を十個渡された。
 ここはあれだ。
 あまりに危険すぎると。
 あれは俺、よく生きてたな……。
「ここへ戻ってくるのも一日おきになります」
「お疲れ様でした」
「否!!」
「……あれ?」
「鍵が、開いてる?」
 民の一人であるアシュレイやベアトリクスも、その思いには変わりがない。
「エリー」
 正式に立場が決定してから一度も顔を出さなかったせいなのだろう、書類が溜まっていたのだという。
 そして内心で怒声を上げる。
 不気味にも程がある。
 ぺこり、と頭を下げると。
 特に上級生から。
「さて、もうすぐ終わるわ」
「今日は仕事オフだろ!?」
「はい」
「宴じゃ」
 店長の方へ視線を向けて口を開いた。
 猫の手も借りたい程に忙しいのだ。
 そこに強い光だ。
 その瞬間、人でない何者かがこちらに気づいて視線を向けた。
「なんであんな距離で見えるんだ」
「あ、はい」
「依頼によっては組むこともあるぜ」
 心と体の変革だ。
 ――結果。
「なんでまたそんなどうしようもない事調べるんです?」
「そんなに出来なかったけどな」
「少し大きな家に移った方がいいんじゃないか?」
「ベアトリクスは、どこのクラスになるんだい?」
「…仕方ない」
「まあ!」
 頑張れと確かに彼は言ったがこういう方面で頑張ってほしくなかった。
「あぁ、遮蔽物もないから上から探すと早いな」
「何なりと」
「疲れとらんか?」
「とりあえず、集合してくれるかしら?」
 その日の夜。
 エリーの問いかけに答えることなく彼はそのまま観客席に飛び降りた。
 昼前に出発してから小休止を三度入れて、その日の夜に野営場所に到着した。
 何度目の感謝だろうか。
 少なくとも仲間が出来てから、少し楽しくなった気がする。
「なかなかに抉ってくるが、どうもそっちは無意識の天然らしい」
「ふがっ!」
 激情にかられている時はともかくそれ以外では意外に冷静沈着。
 こんな時だけ元気よく。
 究極に感情を逆なでされる。
「残念だけど全員さ」
 奥歯を噛み締める力がとてつもない程に強くなる。
「そうまでして、行きたい場所じゃないのか?」
「分かったよ」
「そうですね」
「そんな事考えなくてもいいから、んと、必要報酬を言うぞ?」
「嫌いな具材とかってあるの?」
 もう、他を探す気力もないしとりあえず此処でいい。
「ああ」
「でもエリーは少し違う考え?」
 残念な初体験。
 何とも割り振り切れない。
 …あ。
 俺にだけ酷くない?
 話を聞きださなくてはならない。
「くそぉ……俺は伝達という役で逃げることしか……逃げることしかできなかった」
「はい」
 浩介の堂々とした物言いに、アシュレイも少し怯んだ。
「いなくなったことにも気付かせないとはやってくれるじゃないか」
 それだけいって体を動かしておそらくは背を向けた。
「エリーも気になってて、ちょうど今日そのことについて調べてたの」
「まったく……分かったわよ」
「いま地上から見えている月は、カイダが近くにあって、エイダノが遠くにあるから同じ大きさに見えているんですわね」
「その通りだと思います」
 はて、何の話につながる?
「それはいいかもね」
「はい?」
「真面目だねぇ」
「そうですね」
「……弱いだと?」
「彼女に対しては逃げなかったというの?」
 たるんだ土気色の皮膚はがさがさとした手触りで、裂けたように大きな口や、いびつなコブのような鼻。
 全員が息を呑む。
「いや、エリーが10人ならまあいいけどさ……」
「くぅっ!」
「……いのかどうかも分からないわね……」
「どうですか?」
「今、混雑しているから……席、空いてなくて」
「じゃあどうやって罠に嵌めたか説明します」
「隙ありです!!」
 問題が解決したわけではないが、と浩介は呟いて、スマホを操作する。
 それに、本人は意味さえ分かっていない?
 アシュレイの顔がこわばるのを横目に見ながら、浩介はスマホを左右に振る。
「理由はその程度のモンや」
「やっぱりシンプルかつカジュアルなのがいいと思うんだ」
「今日は周辺を散策したいんだけどいいかな」
 だから、もうそろそろ時間かな。
「あぁ……」
 だって、俺は実の親を失っている。
「エリーの祠へと行く前に、話を聞いてみるといい」
「……その思いでようやく踏ん切りが付いたんです」
「ベアトリクスが作ったって言ったらな」
 そんなベアトリクスが途方もなく可愛くて俺も自然と笑顔になっていた。
 手元に残すのが開発者が想定していた使い方だった。
「んん?」
「今回も俺達が勝っちゃうから!」
 俺の理由は至って純粋。
「嫌なことは話さなくていいし、俺も質問はするかもしれんが、無理に答えなくていい」
「俺、エリーのこと置いてけねぇ!」
「かっこいいじゃん!」
「おま、開けるなよ……」
「三つよ!」
「ところで、どうやってあれに乗り込むのさ?」
「……はい?」
 勿論俺もずっぽしと!!
「むしろ、俺のほうが謝らないといけない気がする」
 コンビニのものとは違う味付けと手作りゆえに出る個性に舌鼓を打つ。
 彼女は念願の研究に没頭できる場所と資金を確保したと言っていた。
 ただし、この世界の教育水準は低く、ちゃんとした話ができる人間のほうが少ないのだから、格別目立ちもしない。
 閉じていた瞼がピクリと反応したかと思うと彼女は跳ね起きるように起き上がった。
「ずっとエリーたちと自主練してましたからね」
 縁側に出てエリーとベアトリクスを二人で待つ。
 一方浩介はまたも不可思議な言葉を呟いて残った人形の欠片を燃えす。
 自他共に手を。
 授業が終わったことで、生徒達はすごく疲れた感じに机に突っ伏す。
「お入り」
 ベアトリクスがアシュレイの顔を見上げて、嬉しそうに笑っていた。
「アシュレイってびっくりするほど変わってなくて安心するよな……」
 涙は堪えた。


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